日曜チーム
『いつものいつか』(脚本)
作 福永マリカ/演出 原将明
@下北沢CAFE VIZZ
12月23日(土)30日(土)9:00〜
ご予約はこちら

朝劇下北沢プロデュース
『夜に生きて、』(出演)
作・演出 松澤くれは
@CAFE VIZZ
12月16日(土)9:00〜
完売いたしました。

◉日本劇作家協会主催リーディングフェスタ
『食べるを読む』
12月16日(土)
@座・高円寺
詳細はこちら

◉ショートフィルム脚本
空中メトロ『openroll』
上映会&ライブ
12月17日(日)18:30〜
@下北沢・近松
詳細はこちら

◉一人芝居フェスティバル
APOFES2018』出場決定
作・演出 福永マリカ
出演 関森絵美
1月17日(水),21日(日),28日(日)
@千歳船橋APOC THEATER
ご予約はこちら

◉ミュージックビデオ

KANA-BOON『バトンロード』


シンクロリウム『ロングスリーパー』

◉映画
『漫画誕生』
2018年夏公開予定

◆エンターテインメント深堀トークバラエティー


2015年5月30日

live in LIVE

やあやあどうも、うれしいおしらせ!

6月13日におこなわれるSEVENDAYS WEEKENDというバンドのレコード発売ライブに、

なんと、演劇で参戦することになりました!

いつもお世話になっているフロアトポロジーにまぎれて、出演します。

音楽と演劇のコラボレーション。

ともだちもやっていて、すてきだなあとおもっていたので、わくわく。

どちらもライブ。

音楽とその空間というわたしの好きなもののなかに、演劇でどういられるのか!

あらたな挑戦、たのしみです。

きっとフロアトポロジーとライブハウスってすごく似合うとおもうんだよなあ。

お楽しみに…!


「THANX FOR ALL SEVENDAYS WEEKENDER‼」
6/13 sat. @四ツ谷OUT BREAK

OPEN 18:00 START 18:30
ADV ¥2000 DOOR ¥2500

2015年5月29日

あわせめのしあわせ

自分にとって大事なものを全部大事にできる場所に立つのがしあわせだとしたら、

いまわたしはすごくしあわせです。

でもそれは、ほんとうに、いま!のはなしで

いま!いま!と、いま!は変化していきます。

大事なものはまた増えるだろうし、
ばかだからわすれてたり、見落としてるかもしれない。

わたしにまつわるさまざまの距離感は、いま!いま!と変わるだろうし

バランスをとる曲芸師みたいに、いつもゆらゆらすることでしょう。

両手を広げているのは、目に見える全部をつかもうとしてるんじゃなくて

わたしにだって見えないから、バランスをとるためにそうしてるんだとおもいます。

ずっとつづいていく確かさみたいなものは、あんまり、どうでもいいかもしれなくなってきた。

いま!いま!がつらなれば、
なにかしらがつづいていくだろうから。

2015年5月28日

意義への異議

となりの席で試験勉強している高校生のカップルがかわいい。

なんでもデートにできちゃうんだろうな。

無敵だな。

本来の意義と、目的のずれ、について、よく考えてしまうんだけれど

本来の意義、ってなんだよ、誰が決めたんだよ、とも、ちゃんとおもう。

ひととひとがいて行われていることなんて

ひととひととのあいだで、ころころかわってゆくものだしな。

なにをさだめて、なにをころがして、ゆくんだろうか。

なににせよ、高校生の勉強デートをみて、そのようなことをおもいだすのは完全にまちがいであって

わたしゃ静かに珈琲をのんでりゃいいんだよ。

きょうは頭のなかがしゃべりすぎている。

いろんな理屈とはべつのところに、えもーしょなるな、なんか、みたいなのはちゃんとおいておいていいよね。

いいよー。

2015年5月27日

おはやしの必要

WOWOWぷらすと「2015年の音楽フェス」、終えました。

「ふぇー」と間抜けな相槌を打ち続けてしまうほど、やっぱりほんとうにしらなかった!フェス!

そしておはなしをきいてもわからない!フェス!

いってみないことには、なんにもわかりませんね。

それって、芝居をやっているわたしとしてはけっこう無視しちゃいけなくて

やっぱりいかなきゃね!とか

フェスに行くわたし!俺!いい!
みたいな感じでもぜんぜんいいから、

とりあえず足を運んでくれる人がいるってほんとうに大切で。

演劇なんてとくに、足を運んでもらわなきゃなんにもならないから、閉鎖的になってる場合じゃないよね

ってことを、お話をききながらあらためてかんがえていました。


興業として成り立たせるって、やっぱりそういうことなのよなあ。

しかしわたしが今回のぷらすとの予習としてみた、フェスティバルエクスプレスというフェスの映像は

歌うために歌ってて

演奏するために演奏してて

さらにそれを、聴くために聴いてて

その瞬間のためにその瞬間を生きてるかんじがして

どうしてもそういうものに惹かれてしまうなあということも、とてもおもって。

生きるために生きる、ということと

そのなかにどうしても含まれてきやがるお金、と。

矛盾と葛藤は、つきませんね。

そんなときにはことばいらずの音楽、かしらね。

今年はどこか、足を運ぶかな。

今晩のぷらすとも、ありがとうございました。

とおいおと

こんばんはWOWOWぷらすと。

テーマは「2015年の音楽フェス」!

わたし、フェスっていったことなくって、未知なんです。

音楽をきくひとにとっても、やるひとにとっても、きっとだいじなお祭りなんだろなあとはいつも思いつつ

家から出る!という低そうで高い壁に負けて未体験なんです。

いまだってビーサンはいて半径何メートル位内、みたいな範囲で

近所のおいしいパン買ってかじってしあわせで。

しかしそうしたら、知り合いに遭遇して、とっさにパンを口の中にしまいこみました。

あわてて胃袋に消え去ったしあわせよ…

あ。そういうことなのかしら、近年のフェス!

どういうことだ?!

ということで、わたしにとっては遠いフェスについて、きょうはたくさんお話きいてきます!

19:30〜!おたのしみに!

2015年5月26日

酔う菓子

オレンジリキュールのブラウニー焼きました。

調子に乗ってリキュールをたくさんいれたら、酔っ払いケーキになりました。

この間みた映画に、魔のマカロンが出てきてたけど、そんなかんじかな。

ポップなみためと裏腹に、非行ブラウニー。

ひみつでよっぱらうのって、なんかどきどきするよね。

2015年5月25日

ふう、と、はあ

ひさびさにヒットな喫茶店をみつけてうれしい。

味はまあ、ふつうなんだけど

風、がとてもよい。

ひとつひとつテーブルのそばにまどがあって、そこにはしっかり風がとどく。

わたしのためにとどいた風、とおもうくらい、その窓は私的なかんじがして

それがたまらなくうれしいきもちになる。

ほんとうは珈琲をのみたいわけじゃなくて、珈琲があるようなそういう時間がほしいんだよなあ

と思いながらいつも喫茶店を探しているわたしには

もってこいの空間だった。

息をつく時間がほしいときに

からだの中に、風が吹き込んでくれるってことだもんな。

そうそう、それがほしかったのよ。

2015年5月24日

飛日常

オレンジリキュールを譲り受けましたので

こじゃれたケーキでも作ろうと目論んでおります。

ひさびさにお菓子のレシピなんかさがして、材料を調達して帰宅したのだけれど

ちょっと味見〜

なんていって、オレンジリキュールをミルクに垂らしてのんだら

ひょろひょろとよっぱらって眠りに落ちました。

ひょんなことからやろうとおもうこととか

やろうとおもってやらなかったこととか

なんかぜんぶ、いいな。

お菓子っていう、生活からはずれたプラスαのところにあるものだから、そうなのかな。

人間が動物とは違うのは

生きるために生きていないことで

それは不幸であり幸せだとおもってます。

プラスαにおぼれずにいたいな。

おまけ、デザート、おでかけ、ご褒美。

日常を生きれば、とびっきりが、うれしい。

2015年5月23日

抜ぐん

力を出すために力を抜けるようになりたい。

高校生の頃から、恩師が言ってくださってた。

頑張るのもいいけれど、力を抜くことも大事だよ。

ついこの間お会いしたときも、そのお話をしてくれた。

あの頃きいたときにもわたしのなかにざわざわ波が立ったのを覚えているけれど

実感として、わかる、ようになってきたこの頃は、またそのことばの届く深度が変わってた。

みなくてもいいもの

かんがえなくてもいいこと

しなくてもいいこと

かんじなくてもいいこと

ぜんぶぜんぶさわったら、もうさわらなくていいものも、あるんだろうなとおもってきてる。

そうやって、緩める筋肉をおぼえていって

大事なとき、大事なところに向かって、力をぐっと、とどかせる。

ひとつずつ、ゆるめて、つよめて。

ゆるまったところに、きっとまたそのことばが、染みてくる。

大丈夫、そう簡単に、簡単にはなれないから〜

2015年5月22日

貰い物で暮らす

じぶんのだめだめさに気づく日々である。

でもなんだかそうなっちゃうと、人に頼るしかなくって

ちょっとあきらめがつく。

自分が自分に見立ててた大きさみたいなものがとても無意味で

まったく着こなせてなくて

勝手に脱げてたりする。

誰かに何かを着せてもらって、守ってもらって、それをそよそよなびかせるのもいいな。

自分の嫌なとこ、へし折ってくれってずっと思ってきたけど

じんわり溶かされていくかんじがこの頃はあって

やさしいな、と、おもっています。

2015年5月21日

おどりのゆとり

シンプルなことを信じるのは、案外むずかしい。

だけど、すきなひとが、シンプルなことをたいせつにしていてくれると、わたしも信じていられてうれしい。

朝劇下北沢のだいすきな関森絵美さんの、ライブに行ってきました。

一曲目から最後までなぜだか私はずっと泣いてて

泣きながらずっといっしょにくちずさみました。

絵美さんのうたってほんとうにまっすぐなことをうたっていて、だけどそこに寄り添うメロディーは複雑で

たぶんだから、わたしはこころをひらいしまうのだとおもいます。

『躍り』という曲は、朝劇アフターJOY♪でわたしも歌わせていただいたほどだいすきなのですが

今日絵美さんがうたっているのをきいて、またちがってきこえて。

心躍らせる、ってことばの意味が、わたしの中で変わりました。

わくわくするってことだけじゃなくていいんじゃないかな、とおもえました。

いろんなおもいのなかを、自由に躍れる心があれば、それでいいんじゃないかなと、おもえました。

今日は、心躍る時間たっぷり過ごしました。

絵美さんに、ありがとう。

2015年5月20日

言えなき子

あさもはよから、まちをかっぽしてきました。

新・チロリン、MUSIC VIDEOさつえい!

知ってるかたも、知らないかたも、いるのかな、新・チロリン。

説明は、また、で、いいかな。

とにもかくにも、わたしのおんがくの場です。

さいきんはひさびさに、また少しモゾモゾしており、

きょうはついに、MVさつえい、と。

モゾモゾ、が、モゴモゴ、なんです。

まだいえぬことについてブログを書くのは得意じゃないしすきじゃないのに、

Twitterに書いたからこっちに書かぬわけには、という謎の律儀さを発揮して一応報告。

すなおさのかたちみたいなのが、ちょっとかわった新・チロリンがみられるMVになりそうな気がしています。

きっとちかいうちに、くわしくお話できるので、もう少しお待ちを。

はやくすなおにつたえたいこのマイハート。


2015年5月19日

たったいまのただいま

たった108円の洗濯ネットを買い足したことによって、洗濯がだいぶ快適になって

ああ、日々ってこういうことの積み重ねなのかもしれないな、とおもった。

たった108円でできる何かや、たった10分でできる何かを、たぶんたくさんしないで生きていて。

だけどそうやって人生ってできてるんだなと、漠然と莫大なことを、おもった。

なんか別にそれは、しなかったからだめだったとか、あれができなかったとかでもなくて

ただただ、事実としてそうなんだな、ということをおもって。

手近でも触れないものとかたくさんあるし

遠くても触ってるものもきっとある。

その理由はそのときどきだったり、なかったりも、する。

でもただ、たった108円とかでできるすんごいちっちゃい未来が
いつもたくさんある

ってはなし。

反光的

たまに変な色した照明のコンビニってあるけど

あれ、なんなんだろうね。

なんかひとが寄り付かないようにしてるのかね、モスキート音みたいなね。

なんだか外から眺めるだけで、異様な気分になるんだよな。

こう、そこだけはちがう時間軸で動いているような、酸素がとても薄そうな、なんか。

たまにはいると、そこで照らされてる野菜とか、なんか、また異様だよね。

ふらっと立ち寄らずにすむのはとても、たすかるけれど。

写真は関係ない、ピータンです。

2015年5月18日

語ラヌシス

本日のWOWOWぷらすと「コーエン兄弟を語る。」、おえました。

美しいは正しいなあ、とおもっていて。

善悪とか、いい悪いとか、面白いとかそうじゃないとか

考えちゃってよくわかんなくなっていたときに

ジムジャームッシュの映画をみて、目にいいものは正しいなあ、とかんじ、とってもすくわれました。

コーエン兄弟の映画「バートン・フィンク」をみたときにそれを思い出して、なんだかすごくうれしくて。

理を超えた何かに出会うと、頭でっかちなわたしはとってもあんしんするんだけど

さらにそれも超えて、内側をまた飛び出て構造でみせてくれるかんじがすごくすきでした。

と、また理屈を述べちゃう私ったらいやだわ、とおもって臨んだきょうのぷらすと。

松崎健夫さんの、一点でなく様々な角度から語ることでみえる軌跡みたいなものや

西寺郷太さんの、音楽を作る視点からのことば。

その真ん中というリッチな立ち位置でお話を聞けてほんとうにたのしかったです。

ついつい結論を見出しそうになったり、自分の答えに寄せたくなってしまうのが悪いくせなのですが

お二人のお話のなかでゆらめくことで、きょうはいつもより、たくさん感じることがあってしあわせです。

だからお話したいことはたくさんあるけれど、今は口を結ぶことでその気持ちを、ここに。

このたくさんは、また次の作品をみるときにひっぱりだします。

きょうも、ありがとうございました。

とまどいとまとい

みちゆく女子大生の

ひろがる足の露出面積が眩しい夕暮れです。

ちなみにわたしは、夏もノン露出で、暑そうだねとよく言われたもんでした。

たまに勇気を出して皮膚を出しては、また仕舞い、秋がくるのを待っていました。

布がなく、意識で守るしかない面積がひろがるっていうのは、なかなか疲れるもんなんですよ。


さてさて、きょうはこれからWOWOWぷらすと。

テーマは「コーエン兄弟を語る。」!

コーエン兄弟は、開催中のカンヌ国際映画祭の審査員長ですね〜

皮膚はしまっても心は全開でいきまーす。

ききたいことをたくさんまとって、いってきまーす。

http://www.wowow.co.jp/plast/#tab_menu

2015年5月17日

レッツキテレツ

なんかあれだな。

奇天烈なものをみると、気持ちいいな。

空をみると悩みがちっぽけに見える、みたいな原理に似てるかも。

過激でもなく、頭でっかちでもなく

おそらく奇をてらっているわけではなく

なにに反発するでもなく

奇天烈なものは、ただその世界を全うするように生きてて。

みんなほんとはそれでいいんだよな。

それがいいのよ。

2015年5月16日

ワウのふくらみ

あじわうというのは、とってもだいじであるな。

あじわい深いあじ、であることもそうだけど

そういう時間や空間や人間がそこにあることが、もっとだいじであるな。

ひとつのたべものでふくらむ、間、が、こんなにかわるなんて。

とてもゆたかな休日で、たくさん息を吸っています。

2015年5月15日

飛行記

きょねんからやっと、空をとぶ夢をみられるようになったのだけど

きょうみた夢は、乗ってたバスがいきなり離陸して空とんでました。

ふわっとすんなあ、とおもったらビルの上にいて

かんがえたらおわりだ、とおもい、目をつむって時が過ぎ去るのを待ってた、夢。

わたしのみる空とぶ夢は、

行先はなくて
そもそも走ってたはずなのに気づけば飛んでる、っていうのがぜんぶです。

わたしとしては理想的な飛びかたで、誇らしい。

力まずというか、なにかの地続きで、飛ぶ、という状況がやってくるってのが、よい。

ゆめじまん。

2015年5月14日

正と生

血と肉の色がはじけるみたいな表現をするひとと

呼吸と脈のリズムに耳をすますみたいな表現をするひとがいる気がします。

わたしは後者で、色味は生成り色のような色が地続きにあってほしい、とおもっています。

これってきっと、けっこうおおきな脳みその中身の差のような気がして

どっちもいいのに

どっちかはどっちかをとてもニガテに思ったりもして。

「ロマンチストだね」と言われて、皮肉かいっとおもったことがあった。

それはわたしが、血や肉の色に触れないからそう言われたのかもしれない。

わたしだって現実の、脈や呼吸のリズムをきいていて。

それだって、ほんとうで、きれいごとではなくて。

血や肉に触れにいくのも

脈や呼吸に耳をすますのも

どちらもひとつの在り方だと、おもう。

食物繊意

丁寧なつくりのおかしとかたべると、

ああ、世の中にはこんなに繊細なたべものがあるのか…!

とおどろきます。

口の中であれとかこれとかそれとか、ほろほろとわかれていって

なんだろう、いろんな柄がひろがっている夢のようなシーンがひろがります。

わたしはたべものにたいしてあんまり繊細じゃなくって

酒としょうゆを目分量でいれた煮物とか

とにかく酒蒸しにしたものにポン酢かけたりとか

そんなもんが日々しあわせなもんで

たまにその何億倍も細かな心遣いでつくられた食べ物を口にすると

生き方から見直さねば、みたいな気持ちになったりもします。

なんだかだけども、大味で生きてるからこそ、特別が美味しかったりして

それもまた贅沢だわよね。

いちいちびっくりしたいので、へたくそな贅沢はしないぞう、と密かにこころにきめているのかもしれません。


シッソ、イズ、リッチ。

2015年5月13日

ちいさいいくさ

やっぱり勉強がたらんな、と、いつもそこにたどりつきます。

読まざるもの書くべからず

と、大学時代にいつも言われていました。

そんな〜え〜いいじゃあん

と思いつつも、いや、たしかに、と思うことも多々あって。

そんな中を行ったり来たりしながら、自分の怠惰を恥じたりしています。

あるとき友人に、

読まなきゃと思うくらいなら読まなくていいよ。
読みたいときに読みなよ。

と言われて、悔しかったけれど、たしかにそうだなあ、ありがとう、と思ったことも、いつも思い出すことです。

結局、読む、書く、のいいリズムみたいなものはずっとみつかってなくて

なかなか映画や本を遠ざけがちで情けないのですが

今日は映画をみよう!と思ったので、いまのうちにみようとおもいます。

なんの戦いだよってかんじですね。

日々戦いなんですよ。

負けてらんないんですよ、くだらないけど、わたしなんかに。

ちっちゃくってすみません。

写真は、姉からもらったおやつとコーヒー、という形のげんき。

2015年5月12日

目と鼻のすき

わたしのすきなどうぶつたちは

顔の構造が似ています。

目と鼻の関係が。

この関係が、理知に富んでいてとてもすきなんです。

しっかりしているけど、目にだけは色があるのだよ。

私のおじいちゃんにも、似ている。

2015年5月11日

心鮮

「接客業をしているとき、毎日何度もいう「ありがとうございました」を、
そのひとと自分のあいだの出来事みたいなものを、ちっちゃくても思いながら言うと
全然違う音になって、お客さんも振り返ってくれるのが、おもしろかった。」

というツイートをしたのですが、そこから思うことがあったのでブログを。

上の状況の逆が、
すごくくせのある音で「ありがとうございました」という店員だと私は思っていて

この場合は、気持ちが音になるのではなく、音先行なわけです。

ひとが話すといううえで、音というのはとっても大事で鮮度を左右するけれど

くせのある音で「ありがとうございました」をいう場合には、二度見してしまうほどのくせがほしいなあ、とおもいます。

どちらにせよ大切なのは、新鮮味がある、ということです。

むかし、ユニクロが無音のCMを流した時、おもわず振り返ってテレビをみてしまい

こういう注目のさせ方もあるのか、と驚いたのを思い出します。

たくさん情報を詰め込んだり、すてきなCMソングを使わずとも

流れると思っていた音が流れなければ、ひとは見るのですね。

新鮮に感じることには、何か理由があって

意表を突くこと、は、とっても大切で楽しくてすてきです。

でもわたしにとっては、血がかよったものであること、のほうが大切です。

文字の上でも声にする上でも、コピーアンドペーストのことばはなるべく使いたくなくて

それはそのことばが生きている気がしないからで。

生きたことばをつかえば、生きたひとの中になんらかの形で振動が伝わるんじゃなかろうかと思っています。

文字にしたらよくあることばでも、音にするときに血をかよわせることだってできます。

お店にとってお客さんは、たくさんの中の一人だけれど

お客さんにとってお店は、たくさんの中から選んだ一つだから

たったひとつ選んだ、今そこにうまれた何かを

ことばで渡すのがよいんじゃないかなあ。


2015年5月10日

朝礼

朝劇下北沢、アフターJOY♪

二週続けての出演、おえました。

きてくださったみなさま、本当にありがとうございました。

きょうは、下北沢メンバーの関森絵美さんのうたをうたいました。

代官山朝劇のときからどうしてもうたいたくて、絵美さんとうたいたくて

その夢が数週間で叶うなんて、とてもうれしかったです。

朝劇下北沢は今月で一周年をむかえます。

わたしが朝劇に出会ったのは、朝劇下北沢の初日。

だから、わたしにとっても一周年なんです。

朝劇にであえて、素直に好きと言える時間にであえて、きっとわたしはすこしやさしくなれました。

こころから感謝しています。

そんな思いが伝わればとおもい、歌いました。

朝劇にあつまるひとが、みんなすこやかであってほしいし

そうじゃなくなったときも、朝劇にくれば大丈夫。

そんな朝をいつも胸に、一日を、毎日をすごします。

一周年、本当におめでとうございます。

これからも朝劇がのびのびとひろがってゆくことを願って

わたしものびのびと、がんばります。

2015年5月9日

あさめき

あすあさは!

朝劇下北沢で、うたいます。

ライブをみてげんきでたので、おすそ分けしますね。

うまくなくていいからね〜
なにかおもって、はなってね〜

ってじぶんに、おもっています。

ほら、すぐうまくみせたがるじゃない、わたし。

あ。あしたの朝劇、ゲストは代官山でご一緒させていただいた右近良之さんです!

右近さんのいる下北沢も、たのしみです。

きっといい朝!

なに着ていこっかな。

やだ、たのしみ。

写真:公園ではしゃぐ演出の原将明さん

音距離交際

王舟バンドとアルフレッドビーチサンダルのツーマンライブにいってきました。

王舟さんの曲は、去年の夏のよるずっと神社のブランコに乗って聴いてました。

そういう、すこしノスタルジックで爽やかな心地よさがとてもすきです。

だけどやっぱり、その場で起こる音楽をきくというのは格別で

ことばいらずのしあわせでした。

やっぱり音楽にはかなわないなあとおもうのはそこで

理由とかいらず、ひたすらに身を任せる時間が降ってくるのは、

最高に幸せだな!
とか安い言葉とビールで、イエイ、みたいな気持ちでした。

こんな夜があったら、だけどほんとにすごくいいね。

一人で聴く音楽もいいけど

そこに人がいて音がなって、さらにそこらに人がいるってのは

なんだかとてもいい。

人がいるところには否応なく血がかよって、息があって

そういうことって、とてもちからになるんだな、とおもいました。

ブランコで聴くのもやめないけど、
またこよう、ライブハウス。

2015年5月8日

可のん

いつでも会えるのと
いつでも会いたいのはちがいます。

いつでもできるのと
いつでもしたいのはちがいます。

いつでも見られるのと
いつでも見たいのはちがいます。

いつでもききたいのと
いつでもきけるのはちがいます。

こんなに広い世界なんだから
可能性、がたくさんあるのはあたりまえで

だけどからだはひとつで生きてる世界は狭かったりもするから
無を有にする、みたいなのって、

広い世界の
どこかや、なにか
に起こることだっておもった。

わたしはいつでも書けるし
いつでも書きたいので

それはきっと、ここ、
ここで、すき、なんだとおもいます。

2015年5月7日

なせばなるべるせば

今朝は起きた瞬間から、Belle&Sebastianをききたい気分で

そうめんをゆでながらきいていました。

ふんふん歌っていて気がついたけれど

四年前にバンドでコピーしたときは全くうまく歌えなかったうたが

いまなら歌えて

ああ、できるようになってることってあるんだなあって。

なんていうかそれは、高音が出るようになるとか声量が出るとかじゃなくって

力を抜いて歌えるってことで。

おとなになったのかなあ、とかおもったりして。

うれしいなあ。うれしい。

としを重ねて、勝手に、自然に

何かの幅がでてくるというのは、とってもうれしい。

こう、上に積み上げるより
下におりていくかんじ。

重力もわるくないね。

嬉しそうなわたしのかおでも載せておきます。

2015年5月6日

理知と律儀

何か気にかかることがあると、

それを飛ばして次にゆくことができない自分の律儀さには

ときどきつかれます。

なんでもいいからやってくれよ、っておもいます。

そんなわけで、掃除を怠っているのが気になって、日々がうまくまわりません。

はやくしてよ、わたし。

2015年5月5日

かげのひかり

おでかけのさきは、美術館。

高校時代の恩師が、彫刻を出品していました。

なんと先生の案内付きで、展示をみる贅沢な鑑賞。

展示会場にはいると、木の香りがぐんっときて、高校の美術室をおもいだして。

なんだかそれだけでもにやにや。

先生の作品には、わりとすぐにであえました。

そこに立っていた女の子の彫刻は、木でできていて。

曲線がとてもやさしくて。

はだのいろは、うっすらピンクが透けてうつくしくて。

木目からも、呼吸をかんじて。

きゅっとしたくちもとに、何かを包むおだやかさがあって。

うっとりみとれてしまいました。


彫刻をみるのはたのしくて、影をみることができるのがとてもよくて。

それは、はなしのなかで聞くことのほうが大事にかんじはじめたことと似ていて。

素材と相談してつくられるというその過程も、とってもすきだなとおもったなあ。

かたち、というものにある意味とか

呼吸をとらえることとか

たくさん、たくさんのことを感じた。

たくさん、たくさんがそこにはあって

どうにも表しきれないから、ここには作品があるのだなあ。とか。

もっともっとみてみたい。

うけとることのできる量みたいなのって、ちゃんと、増えるんだなあ。

2015年5月4日

オ・デ・カケ

おでかけしてきます。

おでかけ、ってすごくすきな響きなんだ。

荷物、じゃなくて、ちいさなおでかけバッグを持ってさ

用事、じゃなくて、おでかけするの。

遠出のことじゃないの。

きっと昔なら、デパートにいって、屋上に行って、そのレストランでごはんをたべる、みたいなこと。

そういう、ちょっとした、はなのある日のこと。

2015年5月3日

よくと、くよくよ

さいきんたべたいものが、

酢とか、みょうがとか、山椒とか、

はやくも夏バテのとき欲するようなラインナップです。

しかしそれらをたべたいだけで

それらを使った料理はそんなに食べたくないのが悩み。

何だこの状態。

自分の欲するものに気がつくのって、わたしけっこうむずかしい。

いつもかんがえてるんだけどね。

ああ、かんがえるからいけないのか。

2015年5月2日

ふくひく

ギターとうたの、elmerと。

わたしはピアニカとうたを。

楽器とわたしたちからしか鳴らない、そういう音楽をできるってのもうれしい。

そういう音楽が、だいすき。

ピアニカは初披露でしたね。

なにかのあとのさみしさと恋しさみたいな音がするのがだいすきで

アフターJOY♪に登場させました。



そしてそして。

来週もうたいます。

5月10日(日)、朝劇下北沢『下北LOVER』アフターJOY♪担当します!

きょうとはまたまったくちがった歌を、ちがったかんじでうたいます。

ぜひ、いらしてください。

五月のあさは、からりときもちいいですよ。

きくをみる

きく、ってことは、ほんとうにすごいこと。

すごく、愛でしか、ないこと。

きょうは朝劇下北沢、アフターJOY♪にて、うたをうたってきました。

どきどきしながらも、そこにいてくださるかたがたのお顔をみると

ほんとうにほんとうにやさしくて

すうっと、ひらいて、きいてくださっているそんなお顔で。

そんなにやさしい場所でうたえる、って、すごいことでした。

朝劇にあつまるひとたちは、なんというか、みんなその時間をすごく信じているし

だから愛をかんじるのだとおもいます。

愛とか、愛ってなんだよ!とか、いつもなら思ってるわたしだって。

そういうひとときがあってよかったなって、こころからおもいます。

うたうわたしより、
きくひとりひとりを感じられるなんて

はじめてだったなあ。

はじめてだったなあ。

ほんとうに、ありがとうございました。

2015年5月1日

あすあさあそぼ

あしたは朝劇下北沢にて!

ついにうたうよ!うたうんだよ!

こうしてうたをきいてもらえる機会はひさびさで、とびっきりにうれしい。

いまもすでにうたいたいくらい。

なんならきのうも、ずっとうたってたくらい。

そうそう、今回は大学時代からの付き合いのすてきな音楽家elmerさんといっしょに奏でます。

彼のうたとギター、すごくひびいてすてきなんですよ。

わたしも、あれ、ひきます。ふふ。

オリジナルじゃなくてカバーなのだけど、大好きな曲だからきいてほしいなあ。

あさから人とあって、人のお芝居をみて、人の歌をきくって、わたしけっこうすごいことだとおもう。

そこにいる人からきこえるいろいろを、ぜひ、たのしんでください!

朝劇下北沢「リブ・リブ・リブ」
@下北沢 cafeVIZZ
8:30OP/9:00ST
2500円朝食1D付き

5/2 アフターJOY♪出演
お芝居は出演しませんが、ぜひ。ぜひ。

ぜひ。

http://goo.gl/qg3KWP