このたび、株式会社ギフトに所属いたしました。

◎出演決定
演劇女子部『一枚のチケット〜ビートルズがやってくる!〜』
2017年11月27日(月)〜12月3日(日)
紀伊国屋サザンシアター TAKASHIMAYA
詳細はこちら

平日チーム
『リブ・リブ・リブ』(出演)
作・演出 原将明
限定シャッフルキャスト公演
@下北沢CONA
10月18日(水) 9:00
ご予約はこちら

日曜チーム
『いつものいつか』(脚本)
作 福永マリカ/演出 原将明
@下北沢CAFE VIZZ
10月8、15、29日(日)9:00
ご予約はこちら

朝劇下北沢プロデュース
『夜に生きて、』(出演)
作・演出 松澤くれは
@CAFE VIZZ
11月18日(土)19日(日)
12月9日(土)16日(土)
9:00〜
ご予約はこちら

◉ミュージックビデオ

KANA-BOON『バトンロード』
ご視聴はこちら

シンクロリウム『ロングスリーパー』
ご視聴はこちら

◉映画
『漫画誕生』
2018年夏公開予定

◆エンターテインメント深堀トークバラエティー


2017年5月30日

いきのね

生きてるだけで、マジえらい。

三年くらい前は

生きてるだけで正義

という結論に至っていたのですが

今は、正義とかいうのも鬱陶しくなって

生きてるだけで、マジえらい、です。

ちょっとチャラめになりました。

鵺的 奥野亮子企画
『鵺が、』vol.2〜さえずる

無事に終演いたしました。

遅ればせながら、ご来場いただき
誠にありがとうございました。

作 高木登
演出 米内山陽子

『ふいにいなくなってしまった白い猫のために』
出演
園田裕樹
奥野亮子

『あなたとなにを語りあったか、わたしはもう忘れてしまった』
出演
福永マリカ
奥野亮子

二本立てでお送りしました。

両作品ともに、

ここにないもの
そしてあるものと

どう向き合って
あるいは向き合わずに
生きていくか

ということをかんがえながら、みたりやったりする日々だったなあ

とおもいます。

やればやるほど、すごい戯曲だということを感じて(語彙0)

そんな玉手箱を
米内山さんと、園田さんと、亮子さんと開いていく毎日はとてもしあわせでした。

そう、そういうことをおもうと

おなじものをいだいて
おなじところへむかえるひとたちがいて

会えてうれしいひとたちがいて

生きてるっていいな、とおもえたりして

生きてるだけで、マジえらい

のさきにいける瞬間がみつけられる気がします。

今回はわたしなりに、ちがったことに挑んだりもして

いつだってわたしなりに、で、ひたすら自分の中の楽しみなのですが

新しい感覚があってすごくうれしかった。、

そういうことを日々見つけるのも、

生きてて楽しいことのひとつで

なおかつそれをみていただいて、楽しんでいただけたのならば

本当にこの上ないです。

ありがとうございました。

つぎは7月、鵺的『奇想の前提』です。

あたらしいを、またいくつか持って、のぞみます。

そこに起こる反応が、またひたすらに、たのしみです。

いざ、まいらん、です。

2017年5月24日

よわのやわ

先日、恩師の彫刻展をみにいった。

美術には知識もないわたしだけれど

彫刻だけはこうして機会があってみにいくことがある。

彫刻をみにいくのは、なんだかすきで

きっとそれは、手触りや厚み、ぬくみのあるのが心地いいからなんだとおもう。

先生のつくる作品はいつも

血潮を感じる。

木肌の中に感じる血潮は、先生のほおに浮き出るそれに似ていて

そこがたまらなく、いいとおもう。

高校時代、脚本や仕事に頭を抱えながら学校に通っていた時

先生がすっと横に立って、
がんばらないこともたいせつだとおしえてくれたことを

作品を見るたびおもいだす。

からだのなかが、きれいな血液が
めぐるようであれと

先生のみつけだすかたちをみるたび、おもう。

そこには、数々の若い作家の方々の作品もあって

いつもその多様さに感銘を受けるのだけれど

今回は、なんだかものすごく

裸体の像に魅力を感じた。

とくには、その腹部のかたちに、惹かれるものを感じた。

たわみ、ゆるみ、

そこにある、

よわさや、ゆるしのようなものが

どうにもうつくしいとおもった。

そのことを先生に伝えると

「だから動物は、ゆるしたひとに腹を見せるのだね」

とこたえてくれた。

そうだよなあ、と、おもった。

やわらかいぶぶんのうつくしさ。

それはどうにも仕方なく、普遍的に存在するみたいで

なにもやわなものをみせてくれ

なんていわないけれど

やわなところをおみせしましょう

なんていわないけれど

その事実は承知しておこう、とおもった。

2017年5月15日

【ごあいさつ】



このたび、株式会社ギフトに所属いたしました。

フリーランスで活動した二年間を経て
心身のなかに、たしかな、なにかをみつけました。

それを抱いたわたしで、
次の場所へいってみたいと思いました。

この二年間、
自主イベントを企画したり
脚本業を再開したり
たくさんの演劇に出演したり
少しずつ映像作品にも参加したり

本当に味わい深い時間を過ごしました。

ひとりになって、
ひとりではなにもできないことをしり、

たくさんのひとりひとりの、お力をいただきました。

応援してくださっているみなさまに
多大なる感謝をおくりたいです。

ひとりひとりとの出会いを手綱に歩き

その手綱の先に出会えたこの場所で
また新たに、はじめたいとおもいます。

道はずっと地続きで
変わらず大切に踏みしめてゆきます。

さらにこれからは、ときに
自分も知らぬ場所へおおきく飛び跳ねることも恐れず

今まで以上に自由に邁進してゆきます。

今後とも、
どうぞよろしくお願い申し上げます。



福永マリカ

2017年5月12日

ぞくぞくせい

さいきんのわたしを構成するもの

・そば

・なっとう

・だいこんおろし

・りんご

・コーヒー

・『あまちゃん』

・数独

・さんぽ

・喫茶店

・木のかおりのろうそく

・喫茶店のマッチ

・ふくろうの模写

・黒髪

・みじかくした後ろ髪

・のばした前髪

・変えた分け目

・ひらけたおでこ

・凛々しい眉


考察:

これだ、とおもったら、これしかやらない性分であることに25年目にして気づく。

おもえば中学生の頃から、おなじシリアルで7年間朝を迎えたり、

散歩にいたってはそのころから、変わらず続いている習慣だった。

この頃は一時間半ほどの道のりでも、歩くという選択肢をとる。

どうにも、散歩はある程度以上歩くと
無双モードのようなものが訪れるのが好きらしい。

30分以上歩くと、それは大体訪れる。

まるで一人の世界のような

一人きりの乗り物に乗っているかのような気分になり

なんでもしていいような心地になる。

このからだで切る風はすべてわたしのものだ、みたいな

でもわたしは、なにものでもない、みたいな

全部あるし、なんもないかんじ

これが、とても、よい。

ひたすらつづけることでうまれる
無双モード。

なんにもかんがえずに、
身の回りの風がついてくる感じ。

それがすきで、同じことばかりするのかしら。

そんなのはただの理屈だと思うけれど

今日も何も考えずに茹で、すするそばは旨い。

2017年5月7日

成る程に

「なるほどな」と
あたまのなかが、よく、いう。

これまでのこととか

これからのこととか

その真ん中あたりのいま感じることとか

なるほどな、と、おもうみたいで

なるほどな、って、いっている。

いっているなあ、とおもっていたら

こんばんは

「そのようだったな」といっている。

そのようだった、のだ。

そのようだった、ところから、

そのようじゃない、ところへ、きたから

なるほどなあ、とおもうのだった。

しおのかわりめで

なにかが飽和したり

淘汰されたり

呼び名もしらぬことがおこるのを

みているからなのだった。

2017年5月6日

あのこのよこがおをうつして

はあ、なるほど

いまは書いたり、発するよりも

読んだり、観たりする時間なのかもしれないなあ

とおもっている。

書くことと、読むことが

かならずしも対の関係だともおもわないのだけれど

なんだか、今は、だまっておきたい、かんじがしている。

それがひつような、かんじがしている。

わたしのことばや意見は
聞き飽きたのかもしれなくて

知らない人の知らない思考を通りたいきもち。

話すなら

知らないことばで話したいきもち。

そうかんじたら、
なにかがすこしらくになった。

またひとりであるこうとしてた。

2017年5月4日

青く萠ゆる

15年前にお世話になっていた人を
道端で見かけた。

声は、かけられなかった。


行ったことのない場所に行った。

行き帰りの道程に一番、感じることがあった。


誰かの願いが届いた。

やったあ、と思った。


洋服を衝動買いした。

すぐさま身につけて歩いた。



6年分の音楽とボイスメモのデータが消えて無くなった。

それ以上に聴きたいものがあったから、あまりショックじゃなかった。



ぽつんぽつんと起こったことを並べた。

何を結びつけることもなく、並べた。

どれに痛みが伴って

どれに痛みが伴わないのか

わかった。

まだその傾向については考えてなくて

痛いことを痛いと、口に出してみることから

はじめてみることにした。

痛みをなくす必要よりも前に

その事実を、ちゃんときいてやることにした。

2017年5月2日

いつものいつか

朝劇下北沢『いつものいつか』
4/30、無事に初日を迎えました!

おこしいただいたみなさま
遠くから応援してくださっていたみなさま

まことにありがとうございました。

8:30に開場して

9:00に開演

そしていってらっしゃい!とお見送りするまでの間中

その空間を行き交う、お客様や、朝劇メンバーをただただ眺め

ああ、ここがあって、この人たちがいるってことは

それだけでゆるぎなく、大丈夫なのだなあ

と、ひたすらに感じていました。

その「大丈夫」はきっと、朝劇や誰かのためのものじゃなく

わたしのための「大丈夫」だったような気がして

どれだけわたしが、この場所を尊く、かけがえなくおもってしまっているのかを

ひしひしと実感する時間でした。

胸がいっぱいでことばにならぬ中

『いつものいつか』の中に置いて来た台詞をききながら

これは願い、それを超えた、祈りだったのだな

と知りました。

自分の書いたことばなのに
こうして、立ち起こったものを見て、

初めて知りました。

そしてその祈りを、叶えてくれる絶大な信頼を

そこにいるひとりひとりに、感じました。

きっとそれは

朝劇下北沢がはじまって3年が経った今

その月日が叶えてくれていたり

その月日を超えたみんなへのご褒美として得たものなのだとおもっています。

ここにあってくれて、ありがとう。

あいに来てくださって、ありがとう。

ありがとうが胸の中にいっぱいで
くるしいくらいです。


途切れて来たいつかが、動きだしました。

また、かわりばんこに息を注いで

この場所がふっくらと育ってゆくことを

うんとたのしみにみています。

朝劇下北沢、おかえりなさい

そして、ただいま。

これからどうぞ、よろしくお願いいたします!