大きな鳥にさらわれないよう

牛と触れてとても嬉しかった。あたたかかった。




国際ブッカー賞にノミネートされたと聞き、ずっと気になりながらも読んでいなかった、川上弘美の『大きな鳥にさらわれないよう』を読む。 

いろんなチェーンの本屋を探してもなかったのが、近所の気に入っている本屋に行ったら売っていて嬉しかった。とても品揃えの少ない中に。 

この本が本当にすごくて、嗚呼、としか言えないのだけど、嗚呼、こんなにも簡単な言葉をいくつか並べるだけで、こんなにもこんなにも根源的なことを描くのかと、本当にびっくりしてしまった。 

言葉になる前の、名づける前の感覚に直接に触れてくる、だけど言葉なのだった。


私は、だから川上弘美さんが好きなんだなぁと思った。 

表現そのものが暴力的だったり、力が強いのでなく、根源的なあまりに脳みそが痺れるほどに届くもの。言葉以前の共鳴のあまりにその言葉の強さに気づくもの。 



それで、映画ウィキッドのことを思い出した。 
エルファバとグリンダが初めて踊るシーン。 

観てない人にはごめんなさいなのだけど、私があのシーンに打たれたのは、エルファバが受け入れられたからではなくて、 
グリンダが、自分は誰かを愛したいのだったという根っこの根っこの願いに気づいて、自分の願いを受け入れて叶える瞬間を見たような気がしたからだったんだな、と思った。 

そう思ってまた、嗚呼、と思った。 



この前は、友人が作ってくれたご飯を食べたら、ものすごく自分の真ん中を思い出す味わいで、文字通りに、元気が出た。 

翌日、久々に、まじめにご飯を作った。自分がご飯を作る理由を思い出せたから、作れた。