その手に触れるまで

物理的に触れても、
皮膚が閉じていれば心に触れないこともある。

心に触れていたはずなのに
身体が触れることで反射的に拒むこともある。

信条に従うことが、
法に触れることもある。

自分の本心に近い場所に触れたのに
それが信条に触れていることもある。

映画『その手に触れるまで』をみながらそんなことを考えてました。

触れることを赦すには
自分自身の奥の奥のほうを赦す必要があるような気がして

でもそこに届くまでには
そしてそこを探り当てるには
きっとひとりではむずかしい。

色々な理屈を頭の中で考えたけれど
触れられないように張り巡らせたものを、ひとつひとつ解いていくほかないような気もしました。

追加:
触ることと、障ることが、紙一重なのもしれないな。