ちいさなおわり



12月31日

朝から、僕らのリーダーが
休業前最後の芝居をやるというものだから

新宿へむかった。

家を出るとポツポツと音がして
雨かと思うと霰だった。

昨日まで晴れていたのに
「特別」が香り立つ空だなあと思った。


そしてそのあと、浴びたのは

いつもよりきょうが最後だと感じない年の暮れだったけれど
いつもよりきょうが最後だと感じてたまらない朝だった。

朝劇下北沢主宰、原将明の
ひとつの最後を
原さん自身がしっかりと自分で吐き出し

そこにいる全員がそこへ花を贈るような
そんな時間だった。

ひとつの終焉をみた。

でもそれを
命を持って
自分の身体で
声で、言葉で、眼差しで
暖かな温度を持ってとげた
原将明という人は
ほんとうに、ほんとうに、すてきだった。

そんなふうに自分の終焉を送れるなんて

とびきりにひとにやさしくて
だからくるしかっただろうけれど
きっとじぶんにも、もっとやさしくなれる
これからのはじまりだった。


そしてそこに語られる「朝劇」というものを
ひさびさに外側からながめて

「ああ、わたしはこんなにすてきなひとたちの
すてきな場所の、なかに、いるんだ」

ということを、あらためて知った。

それはいつも知っていたことなのに
世紀の大発明のようで

ほんとうにおどろいた。

わたし、自分の人生に
そんな場所ができる日が来るなんて
そんな仲間ができる日が来るなんて
ちっともおもっていなかった。

もっともっと、
一人の部屋で生きていく風景ばかり浮かべていた。

わたしの人生じゃないみたいで
よくたどりついたなって

こころからほめてあげようとおもった。

わたしの人生だよって
みとめようとおもった。



一年のそうざらいなんてやってみようとおもっていたのに
きょうがきょうとして特別すぎて
そればかりだ。

だけどきょうが
今年のまとめにふさわしい日で

きっとたどりついたのは
シンプルなこたえだったんだとおもう。



年のはじめに
「演劇で賞を取る」という目標を掲げた。

叶わなかった。

でもやっぱり、そこへ向かって燃やしたから
尽きることもできて
わかったことがたくさんあった。

だからどうだってことはない

そう、だった。



秋頃に
「もうわたし、たのしいことしかしない!」と
思わず口をついて言ったこと
あれからずっとたよりにしてる。

もうその準備はできているのだと
ストンと、はらにおちてきたきがする。

ことばがあまりいらなくなって
しずかにことしがおわる。

またことばが必要になるのはどんなときだろう。

それまでは
あるがままをうけとってゆく両手を広げて
ただよっていようとおもう。

よき年でした。

たくさんの応援と、あたたかな心を
ありがとうございました。

みなさまにも、おだやかな時間が流れますよう。

心からの感謝を。


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