日曜チーム
『いつものいつか』(脚本)
作 福永マリカ/演出 原将明
@下北沢CAFE VIZZ
3月、朝劇下北沢200回記念&千秋楽公演!
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◉下北沢演劇祭参加作品
MU
『このBARを教会だと思ってる』
脚本・演出:ハセガワアユム
2018年2月21日(水)〜26日(月)
下北駅前劇場
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◉ショートフィルム脚本
空中メトロ『openroll』

◉ミュージックビデオ

KANA-BOON『バトンロード』


シンクロリウム『ロングスリーパー』

◉映画
『漫画誕生』
2018年夏公開予定

◆エンターテインメント深堀トークバラエティー


2017年6月5日

まわるまわるよじぶんもまわる

人と向き合うことは
自分と向き合うことだな

というのは去年わかったこと。

向き合うということばのつよさというか

道徳心を孕みすぎているかんじには

ちょっと胸焼けするのでほんとはあまり使いたくないのだけど

いままだ、いいかんじにはまることばがみつからない。

このごろはというと

「向き合う」人や対象が、とてもひろがったりふえたので

「向き合」わなくてはならない自分の側面がふえたかんじがしていて

球体を回し続けるみたいにずっと

全面を、それはもう、
なめまわすように見つめざるを得ない機会が多い。気がする。

なめまわすですって、下品ですわね。

でもなんか、ちょっと

そういう、化粧が禿げるくらいの品のなさみたいなことも必要なかんじがしてて

きっとこの表現。

品位というものの存在を認識している限り、それを無視できることはない気がする。

外的なことに関してはそんなふうで

インナーマッスルが開花するのを待っているというか

自然治癒力が育つのを待っているというか

それでものこるもの、みたいなものをみつめたいというか。

スクランブル交差点をわたっているみたいなかんじで

いろんな方向から来る人とたのしくハイタッチしながら

そこにできた道を歩きたいよね候。

ああ

「向き合う」じゃなくて、

「ハイタッチする」くらいのかんじだな。