あるふぁのみらい

きょうはまた、たまらないおもいの日だ。

『珍渦虫』を、恩師がみにきてくれた。

高校の先生。そして彫刻家。

高校の後輩も来てくれた。

おわっていっしょに、

おいしいさかなと、おさけをあじわった。

金目鯛の煮付けと、のどぐろの塩焼きは

身とそれ以上のなにかふくよかなものをまとっているような味わいで、ためいきものだった。

そうそう。身とそれ以上のものがあるのだ。

この、贅沢な日々は。

ほんとうにしあわせなことだとおもう。

こころから、あり、がたいことだと、おもう。

人生の大先輩の先生は、またことし、ゆめをかなえる。

そしてわたしはそのゆめに、ひっそりのせてもらっている。

わたしのまわりの友人も、このごろ、ゆめをかなえている。

わたしも、まいにち、ちいさく、ゆめをかなえている。

ゆめ、とか、かなえる、とか

チープなことばにきこえる日もあるけど

ほんとうに、てにとる、そんな瞬間を目にすると

いかにそれが重厚で豊満なことか、わかる。

身と、それ以上の、もの。

ゆめって、そういうことなのかもしれない。

あしただって、あさってだって、

2年後だって、

30年後だって、

50年後だってたのしみな今夜は、。

きょうでおわったってかまわないように、生きようとおもうんだ。

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