自分
きょうはWOWOWぷらすと『ジョン・ヒューズを語る。』でした。
青春映画の巨匠ということですが、わたしが知っているジョン・ヒューズ作品といえば、『ホームアローン』くらいでした。
だけど今回、いくつかの作品を見て感じたジョン・ヒューズ映画というのは
『ホームアローン』にも通ずる、家族の血、みたいなものがどれにも流れていて
その切りようのないつながりを受け入れて、きりひらいてゆくのが青春なんじゃないかなあとかんじていました。
やっぱり家族っていうのは自分のベースに否応無くあって
それを、家族は家族という組織であり、わたしはわたしという個人である
とわかったときにやっと、人として自立するように思います。
わたしにもそういう瞬間があって、
それはある種の諦めであり、希望であるなと感じていました。
人を分かろうとすることは、ときに人を切り裂くような気がしていて
だから、まるっと他人は他人であり、自分は自分であると受け入れられた瞬間、わたしはとても楽になりました。
他人の悲しみは計り知れないし、自分の悲しみと比べられるようなものでもない。
だけどその諦めは冷たくはなくって、
だからこそ、ただ聞くとか、受け止めることに、他への愛があるんじゃないかなとおもいます。
そういう、どこに線を引いて、一人として生きるかみたいなことが
今回『ブレック・ファスト・クラブ』をはじめとしてジョン・ヒューズ作品には多く描かれていて
30年前の作品なのに、心強くそばにあるように感じました。
大人になると忘れてしまうこともあるけど、
出会いと別れとか、失望と希望とか、毎日小さく青春はあって
そういうこと、小さな思い出してすごすのっていいな。
本日もご視聴、ありがとうございました!
青春映画の巨匠ということですが、わたしが知っているジョン・ヒューズ作品といえば、『ホームアローン』くらいでした。
だけど今回、いくつかの作品を見て感じたジョン・ヒューズ映画というのは
『ホームアローン』にも通ずる、家族の血、みたいなものがどれにも流れていて
その切りようのないつながりを受け入れて、きりひらいてゆくのが青春なんじゃないかなあとかんじていました。
やっぱり家族っていうのは自分のベースに否応無くあって
それを、家族は家族という組織であり、わたしはわたしという個人である
とわかったときにやっと、人として自立するように思います。
わたしにもそういう瞬間があって、
それはある種の諦めであり、希望であるなと感じていました。
人を分かろうとすることは、ときに人を切り裂くような気がしていて
だから、まるっと他人は他人であり、自分は自分であると受け入れられた瞬間、わたしはとても楽になりました。
他人の悲しみは計り知れないし、自分の悲しみと比べられるようなものでもない。
だけどその諦めは冷たくはなくって、
だからこそ、ただ聞くとか、受け止めることに、他への愛があるんじゃないかなとおもいます。
そういう、どこに線を引いて、一人として生きるかみたいなことが
今回『ブレック・ファスト・クラブ』をはじめとしてジョン・ヒューズ作品には多く描かれていて
30年前の作品なのに、心強くそばにあるように感じました。
大人になると忘れてしまうこともあるけど、
出会いと別れとか、失望と希望とか、毎日小さく青春はあって
そういうこと、小さな思い出してすごすのっていいな。
本日もご視聴、ありがとうございました!