粉瘤の弁明
北鎌倉マルンさんでのワークショップと紙芝居、とても楽しかったです。
ささやかなひとときなのに、ちょっと壮大な夢がかなった心地でした。感謝。
ささやかなひとときなのに、ちょっと壮大な夢がかなった心地でした。感謝。
くによし組『粉瘤』は、あっという間に開幕まで2週間です。
作・演出のくによしさんのロングインタビューが出ています。
とても丁寧なインタビューで、くによしさんの誠実さ素敵さが、どんなふうにできているのか、ちょっとわかる気がします。
『粉瘤』がどんな演劇なのかも詳しく書いてあって、とても楽しみになりますので、ぜひ読んでみてください。
ちょっとここで弁明したいことがあって、くによしさんがインタビューの中でお話くださっている私の発言が、すごく善人みたいになっていて、かなりそんなはずがないので、恥ずかしながらちょっと、聞かれてもいないのに、書きますね。
私が"加害性が自分の中に湧くだろうかと悩んでいた"と書いてくださっているのですが、実際には、「加害したい気持ちのようなものの中にある複雑さを、今の私が体現できるか」ということを、不安に思っていたんですね。
というのも、近年、私は実人生の中で、自分のキャパシティや成熟度を大きく超えた、てぇへんな出来事があり
それを目の当たりにしたとき、あらゆる出来事の中にある複雑さや、それに対応していく上で照らし出される自分の弱さを、単純化したり無視したり軽んじることで、とにかく薙ぎ倒して過ごしてなんとかしていたんですね。
複雑さを一つずつ手に取ったり、自分の弱さに丁寧に付き合っていると、現実の対応に間に合わなかったり、折れてしまいそうで、心の中にブルドーザーを常駐させて、目の前に現れた痛みや弱さや複雑さをひたすらに薙ぎ倒していた時期がありました。
そうして乗り切れたことが確かにあって、ただ、それゆえに、自分の弱さだけでなく、人の弱さのようなもの、複雑さも、うまく見つめたり受け止められなかったり、潔癖になっている感じがありました。
そういう名残がある中でいただいた『粉瘤』のお話だったので、たとえば「加害性」の中にある複雑さを、ちゃんと複雑なままに、今の自分は渡せるのだろうかと思いました。
潔癖性の中にはない複雑さ肥沃さのようなものを体現するのに、自分が役立てるのか、妨げにならないか不安を感じていたのでした。
実人生と演劇、役と自分は別ですが、だけどどうしようもなく自分の持っているものが出てしまうものなので、ブルドーザーが出るのはよくないだろうなと思って。
多分その時、くによしさんにそのように伝えられてはいないのですが、くによしさんがインタビューの中のような言葉をかけてくださって、何より、いいなぁと思っていたくによし組に呼んでくださったことが嬉しくて、しのごの言わずにがんばろうと半ブルドーザー精神で参加させていただくことにしました。
最近は日々、稽古をしているわけですが、やはりどんなセリフを言っていても、くによしさんのセリフには何かに対する「抗い」があります。
それでもって、あの私のブルドーザー時代も、それはそれで抗いだったし、ある種の「加害性」「自傷性」があったなぁと思うようにもなりました。
実人生と演劇は全く別なのですが、こうして演劇から実人生を振り返ることもありますね。
くによしさんはよく、「かわいいです!」とみんなに伝えてくださるのですが、多分その言葉は、それぞれの人物の抗いにある懸命さに向けられているのかなぁなんて思っています。
もう戯曲に書いてあることが肥沃なので、私はただそれをそのまんま、ありったけ渡せるように一生懸命頑張るだけだなぁと思っています。
みんな別々の方向に引っ張られて生きているから抗う方向もそれぞれさまざまで、でも自分がこの地になんとか立っていられるように、それぞれの方向へ抗っているんだろうなと思います。
それが他人から見ると自分と別方向だもんで、ぶつかったり訝しく思ったりするのかもしれませんね。
抗いのぶつかり合いや交わり合いや交わらない合いが、健気で切実でばかばかしくてかわいく見えて、よし明日も頑張ろうと思ってもらえるように、私はこの演劇を頑張ろうと思います。
以上、長くてださい弁明でした。
くによし組『粉瘤』
10月21日(水)〜11月1日(日)まで
アトリエ春風舎にて
チケット発売中です


