遠い銀座でモーニング




博品館劇場での公演が始まった。

せっかく銀座に来たんだ、銀座のモーニングを食べようと、劇場近くでモーニングを検索した。

すると、劇場のすぐそばに、日本最古の喫茶店があるという。これは行くしかない。

カフェーパウリスタの前に辿り着き、モーニングのメニューを見る。

1230円〜であった。

モーニングで1230円。たじろぐ。
わたしはモーニングに1230円をかけていいほどの人間なのだろうか。

あっちには他の街にもあるけど半額以下のモーニングがある。
身の程をわきまえて、そのくらいにしておいた方がいいんじゃなかろうか。

お店の前を行ったり来たりした末に、旅公演に来たと思えばしたっていい贅沢だろうと思うことにした。

どんな理屈かはわからないけれど、私は旅公演に行くと、必ずいいモーニングを探して食べる。その街の美味しいものは出会い逃してはならないという使命感がある。

東京にいるのに、使命感をいいことに、お店に入ることにした。

ホットドッグのモーニングを頼むと、おかわり一杯自由のコーヒーと、サラダ、りんごジュースがセットになっていた。

ホットドッグを一口食べて、思った。

ああ、本当に入ってよかった。

わたしは、だれかが心を入れて作ってくれたものを食べると最も心が満ちるという習性を持っている。

心を入れたか入れてないかなんて基準のないことなのでわからないけれど、食べた時、ああ…と温泉に入ったみたいな声が出たり、ちょっと涙が出そうになったりすると、きっとここには心がある、と思う。

こちらのコンディションの問題かもしれないと言われればそれまでなのだけれど、たしかにこのホットドッグは、パンもソーセージもとっても豊かで、なんというか、余裕があって、とってもさりげなく酢漬けのキャベツも挟まっていた。

きっと、いろんな人の心があってたどり着いているホットドッグだと思う。

そういうものを食べると、とっても人に優しくしてもらったような、丁寧に接してもらったような気持ちになって、心底感謝してしまう。



コーヒーを飲みながら、『胃が合うふたり』を読み終わった。とってもよかった。

『急に具合が悪くなる』の本がとっても好きなのだけれど、親戚みたいな本だと思った。

食べ物に対する向き合い方の合うふたりが、美味しいものを食べに行き、その時それぞれが思っていたことをそれぞれに文章に書き起こす。それが交互に並んでいる。

食べ物の話をしながら、ふたりは、相手を、相手といる自分を、深く見つめている。

そんな他人が他人を思う姿を文章で読みながら、他人なのにもかかわらず、この人がこんなにも誰かから思われていてよかった、と思った。

ここにある「誰かから思われている」、というのは、好かれる、とかいうような一面的なことでなく、輝くような楽しいことも、沈殿している言葉にもならないようなこともまるっと含めて、ともにあることについて相手に思いを巡らせている、ということだった。

この世の中で、誰かと誰かがそんなふうに思い合っている事実を確認し、なんだかとっても希望のような勇気のような気持ちをもらうのであった。



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博品館劇場初日から5公演が中止になっておりました。
ご来場を予定してくださっていたかたへ、深くお詫び申し上げます。

同時に、楽しみにしてくださっていたことに、大変感謝しております。

払い戻しなどにつきましては、こちらをご確認くださいませ。
お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします。


公演は22日まで。汗かいて頑張ります。