座ったり飛び越えたり



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メキシコにいる気分のわたし 



 ラタンのリクライニングチェアを買った。

 椅子が欲しかったわけではなかったのだけど、すごくしっくりくるラタンのリクライニングチェアに出会ってしまったので、買った。 

 買ったほうがいいなぁとか、欲しいなぁと思っているものは、そりゃあもう待機するようにある。

 あそこのお店屋さんで洋服を買いたいとか、傘を新調した方がいいとか、夏物の靴下を買った方がいいとか、カバンを持っておいたほうがいいなとか、まな板を買い替えた方がいいなとか。 

 それなのに、別に欲しいとは思っていたなかったけど、欲しい椅子に出会い、出会い頭に買う。 

 手持ちのお金がなかったのに、ちょっと用意してきますんで!と店員さんにちぎり交わしてまで、買う。 

 順番待ちのあれらをぎゅんと飛び越えて。なぜ。靴下、ないのに。 


 椅子というのはすごいものだとよく思う。 

 我が家には4種類の椅子があり、それぞれ別のタイミングで、こんな感じの出会いにより我が家にやってきた。 毎度なぜとは思う。

 でもその椅子が増えるたび、日々の家での過ごし方は変わった。

 家の中の、ここにも、居ることができるんだ、という変化は、とても大きい。 

 一日の終わりに、リビングからベッドまでの道のりにある、ラタンのリクライニングチェアに座って、お茶を飲んだり、本を読んだり、ぼーっとしたり、目をつむったりする。 

 眠るのとは違う、起きてるけど何もない時間がラタンのリクライニングチェアでは生まれる。

リビングからベッドの、ちょうど間の時間のかんじ。

それを目指して、リビングを頑張ったりする。


六月が終わるなぁ。 毎年水無月を食べるのを楽しみに生きているので、今年も食べなくっちゃ。

 またも夏用の靴下を飛び越える。