アジを捌きに

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先週末は優しい劇団の武蔵野演劇祭。

 わたしは優しい劇団の大恋愛『もっと愛してくれよ節』に参加した。 

 どんなものだってそうだと思うけど、演劇にもいろんな要素というか、いろんな方角の効能みたいなものがあるんだと思う。 

 優しい劇団の大恋愛は、一日で作るインスタントでコンスタントな演劇と銘打っているけれど、その日のために書き下ろされた戯曲に書かれた言葉の豊かさもそうだし、その日集まる役者のみんなの地球の地理的にも演劇の地理的にもとても広いことも、全然単純なものではなくとても多層的なものだと思う。 

 思いながら、わたしが今回感じたのは、目が合うと嬉しいとか大きい声出すと楽しいとか、なんにもないところに大きな花火が打ち上がるように見える人力ってすごいとか、そういうことだった。

 自分の命が瞬いていることにとても嬉しくなったし、相手の命が瞬いてることが同じく嬉しかった。 遠くにいて初めて会ったのに、会った瞬間同じ歌を歌えることも嬉しかった。 

 これは毎朝、お米屋さんのおじさんと天気の話一点だけで繋がれる嬉しさと少し似ていて、でもその一点がぜんぜん容易いものじゃないというか、結構偉大なことであるのと似てる。

 いろんな演劇をやっていきたい。 

いろんな方角の効能をみたい。 

 その中のひとつに、こういう、自分の生きてる喜びや、誰かの生きてる喜び、その生きてると生きてるが出会う喜びをただただ見たり感じる演劇があって欲しいなと思う。 できれば真ん中に。

 生まれてからそれなりの日が経ったけど、今日も新たに身体があったまったり大きな声が出ることが面白くて嬉しいからです。

 生きてることが結構好きだからです。 

 今から姉の家にアジを捌きに行きます。