美味しいの原点

フィルムで撮ったお節が出てきた。撮ってよかった。


昨年の春、ひょいと海の方へ行った時の話。

ふらふらと歩いていると、古道具屋のようなものがある。やっているのかいないのか、入っていいのかいけないのかわからないような佇まいだったが、OPENと書いてあるので信じて扉を開けた。

そこにはカウンターがあり、カウンターの中にひとり、カウンター席にひとり、いる。

どうやら何か飲めるらしい。

気さくなふたりに挨拶してもらい、全部売り物だけど座ってください〜と言われた、古い何かのドリンクメーカーの宣伝が書いた椅子に座る。お酒と迷って、コーヒーを頼む。

古道具屋だけど、カフェバーなのだそうで、おいしいご飯も時に出るとのこと。

店主はご自身の、食に対する研究癖が高じて、料理を出すようになったらしい。

カウンターに座っていた常連さんが、「料理がうまいから料理屋をやるのかと思ったら、古道具屋やるっていうからびっくりしたよ〜。ほんと些細なものが美味しいんだよ」と言っている。きっとこのお店をやる前からの知り合いなのだろう。

そんなわけで、3人でぱらぱらと話すうち、私は気になり、店主に「美味しいの原点はなんですか?」と聞いてみる。

店主の地元で、子供の頃、海の近くの人の家に毎夜集まっては遊んでいたのだそうだ。遊んでいると、おじさんがつりたてのイカなんかを持ってきて、持たされる。それを持って家に帰ると、おばあちゃんがいかをそうじして食べさせてくれる。一番美味しい食べ方を知ってるから、刺身にして、それを肝醤油で食べたりなんかする。それがもう、脳みそに突き刺さるほどに美味しかった。

それが店主の味の原点だそうだ。

常連さんにもたずねる。近所に鰹節屋さんがあった。通りすがりにくさいなぁ、といつも思っていたけれど、よくよく考えてみれば、家で出てくるご飯はいつも、ちゃんと美味しい出汁が効いていた。それはきっと、近所にあの鰹節屋があったからだろう、とのこと。

二人の美味しいの原点を聞いて、聞いただけで、店主の言う脳みそに突き刺さるような何かを得る。

人が美味しいと感じる感覚、センサーの箇所のようなものに、かなり興味がある。

それがどんな味に反応するのでもよくって、その原点に興味があるのだと最近は思う。

自分に似ていてもうれしいし、違っていてもすごく楽しい。

ちなみに私の美味しいの原点は、母が料理を一緒にする時、たとえばアスパラガスなんかを茹でた時に、茹でたてのそれを何もつけずに食べさせられたことである。

これが一番美味しいから、と言われ、確かにそれが一番美味しく、その1番が私の美味しいの原点となっている。