そう



クリスマスの食材の残りでペスカトーレを作った。美味しい。

クリスマスも終わって、いよいよ年の瀬。
おせちに取り掛かろうと、お気に入り登録して毎年見ている土井善晴さんのおせちレシピ記事が載っている家庭画報のリンクを開いたら、リンクが切れている。困った。

おせちを作り始めて何年経つのだろうか、毎年の料理の修行の集大成というか、今できることの確認としてやっているけれど、ずっとレシピを見ているのでずっと覚えはしない。

台詞なんかもそうで、台本を持っていると永遠に覚えられず、えいやと手放してまったくおぼろなのにおぼろでもしゃべると、徐々におぼえていく。 そしてやりとりもできる。

これを機に、レシピを見ないでおせちを作れということなのだろうか。いやだなあ、年の瀬に失敗して落ち込みたくないなあというのが正直な気持ちだけれど、別に自分の習作としてやっているのだから、失敗の年があってもいいかという気持ちも湧いてくる。



昨年の最後はどんなことを書いたかなと読み返してみたら、こんなことを書いていて、本当に頑張って生き抜いた感じの年だったんだなと思った。 
そして今は、昨年のようには、言葉でそれを書く必要を感じていないなと思った。

自分が立つために、自分の立っている場所にどうにも説明が必要だったり、どこに立っているのか認識するための言葉を数式のように書き連ねる必要があるときがある気がする。

少なくとも今日は、あまりその必要を感じていなくて、それは多分、すごくしあわせなことなんだ思う。

ただそのしあわせは、やっぱり脈々と続くあらゆる日々の中にこそあって、昨年の続きの今年があって、今日この瞬間を切り取ってしあわせだと呼ぶわけでもなくて、生きているのはいいものだなあと思っています。 



今年も一年ありがとうございました。

楽しい仕事をしました。自分が一つの劇場だったら、いいなと思うラインナップでした。

来年もいいラインナップを目指したいです。

生きてることも仕事も、続けているとラインナップになっていくのがいいなと思います。

あれもそうだし、それもそうだし、これもそうですから、その場所その場所、その時その時の精一杯の「そう」を実現していけたらよいです。

読んでくださっているかたの「そう」も、ひとまず今、この年の瀬に、それはそうだよとねぎらわれますように。

よいお年を。