最近のこと

TAMA NEW WAVE ある視点にて、『そんな思い出』が上映されました。

お越しいただいたかた、気にかけてくださったかた、皆さまありがとうございました。

2020年〜2021年に撮影された作品を、大きなスクリーンで眺めるのはどんな気分だろうと思っていたのですが、思った以上に時間的な距離があり、とてもよく、見渡せました。

映画を撮ろうと思ったら、撮影のための期間を決めてある程度ぎゅぎゅっとひと息に撮ることが多いですが
『そんな思い出』はもともとはショートドラマとしてぽつりぽつりと撮られていたので、作中で一年近くの月日を経て、髪が伸びたり切られたり、日常であれば当たり前に起こる変化が映り込んでいて

撮影当時はそんなこと考えもしなかったけれど、それは思っているよりも贅沢で貴重なことなのかもしれないと思いました。

映画祭そのものも、とてもおもしろかったです。

この頃は映画を観ながら、それを作るために集まった人たちの営みや、それを観た人にも生まれる営み、映画のまわりにおこる運動のことを思ってしまうことが多いです。

文字通りの運動。循環みたいなことで、星野源さんの歌詞で言うなら「意味なんかないさ暮らしがあるだけ」みたいなこと。

TAMA NEW WAVEでも、映画を介して、映画を作った人とお客さん、映画祭のスタッフのかたとでお話しできて、そのお話の中にそれぞれを微かに感じることができて、

微かにでも確かに接点を持つことができて、とても嬉しいなと思いました。

それが最近の私にとっては、大切に感じることのようです。


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上映の帰り、終電の中で、ベロベロに酔っ払っている人が一人きりでいて、もうどうにも止まらないってな感じの様子だったのだけど 

電車内のその人のまわりの人々が、それぞれに迷惑そうにしながらも、それぞれに自分のできる範囲で助けようとしていた。

私は私で、持っていたビニール袋の中身をあけて、渡そうかしらでもこの袋を持つだけの意識があるかしら、だし、ちょっといやだなと躊躇していたら

となりにいた男の人が、渡しましょうかと渡しに行ってくれた。ありがたかった。

迷惑だなぁと思うことと、心配すること、やれやれとちょっと助けることは、別に両立するよなあと思った。

にこやかに朗らかに清らかにでなくとも、別に迷惑そうなまま、やれやれと思ったままの人たちが、それぞれのできる範囲で手を伸ばせばいいのかもねと思った。私もその先を助けてもらってありがたかった。 嬉しかった。


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写真は、新宿での近影。